逆引きマーケ Vol.10:
お客様は、一枚岩ではない
2026/08/19

弊社は、ほぼ100%、お客様との直取引です。
直取引には、要望を直接聞ける、意思決定者に近い、仕事を速く進められるといった利点があります。
しかし、実際にはそう単純ではありません。
一口に「お客様」といっても、その会社の中には、本社があり、現場があり、経営者がいて、担当者がいます。
本社は、投資効果やブランド、全社方針を見ています。
現場は、目の前の業務や期限、予算、実際にかかる手間を見ています。
経営者は将来の価値を考え、担当者は任された仕事を問題なく完了させたいと考えます。
同じ会社の同じ案件でも、立場によって「成功」の定義が違うのです。
本社は、「この機会に、しっかり取り組みたい」と考えます。
一方、現場は、「限られた時間と予算の中で、まずは形にしたい」と考えます。
どちらも間違ってはいません。
見ている時間軸と、背負っている責任が違うのです。
昔、あるお客様の案件で、どうしても話が前へ進まないことがありました。
私は、案件を進めるためには、本社と直接話す必要があると判断しました。
その後、現場の担当者から呼ばれ、こう言われました。
「私たちとできないなら、今後は本社の〇〇さんとやればいいじゃないか」
その言葉を、私は今でも覚えています。
当時の私は、とにかく仕事を前へ進めることばかりを考えていました。
業務上の判断としては、間違っていなかったのかもしれません。
しかし、現場の方から見れば、自分たちを飛び越えて、本社へ話を持っていかれたように感じたのでしょう。
正しい相手に、正しい説明をすれば、仕事は進む。
若い頃の私は、そう考えていたのかもしれません。
しかし、組織の中では、正しさだけでは足りません。
現場担当者の顔をつぶさず、本社には事実を正確に伝える。
誰が悪いのかを決めるのではなく、それぞれの目的を整理する。
そして、情報を伝える順序やタイミングを考えながら、仕事を前へ進めていく。
以前は、このような状況を「板挟み」だと思っていました。
しかし最近は、私たちは、本社の言葉を現場へ、現場の事情を本社へ伝える、組織の中の「翻訳者」なのかもしれないと思うようになりました。
翻訳するのは、言葉だけではありません。
目的、予算、温度感、危機感、現場の事情、経営側の期待、そして、まだ言葉になっていない不満。
こうしたものを読み取り、整理し、一つの企画へまとめることも、私たちの仕事です。
それは、見積書には書かれません。
納品物として残るものでもありません。
けれど、このような見えない仕事があるからこそ、次の仕事が生まれ、長いお付き合いが続いていくのかもしれません。
BtoBマーケティングには、「Buying Center」や「DMU(意思決定ユニット)」という考え方があります。
商品やサービスの導入は、一人の判断だけで決まるのではありません。
課題を提起する人、情報を集める人、実際に使う人、予算を承認する人など、複数の関係者によって決まります。
これは、新規営業だけの話ではありません。
受注した案件を進める際にも、次のことを整理する必要があります。
- 誰が決めるのか
- 誰が実行するのか
- 誰が影響を受けるのか
- それぞれが何を「成功」だと考えているのか
| 立場 | 成功と考えること | 主な不安 |
|---|---|---|
| 経営者 | 将来価値・投資効果 | 投資が成果につながらない |
| 本社 | ブランド・全体最適 | 方針が現場へ伝わらない |
| 現場責任者 | 円滑な運営 | 業務や手間が増える |
| 担当者 | 期限内の完了 | 失敗や調整不足 |
| 制作会社 | 目的の実現 | 認識のずれ・手戻り |
「何をつくるか」から考えるのではなく、「誰が、何を成功だと考えているのか」から逆算する。
これもまた、逆引きマーケの一つなのだと思います。
ただ、振り返ってみると、私の営業は、最初から組織全体を見ていたわけではありませんでした。
営業では、「キーマンを探せ」とよく言われます。
もちろん、誰が決めるのかを知ることは大切です。
しかし、私が大切にしてきたのは、社内で力を持つ人よりも、最初に出会った、たった一人の担当者だったように思います。
「この人は、社内ではあまり力がないかもしれないな(笑)」と思うこともありました。
それでも、「この人に賭けてみよう」と思いました。
担当者を飛び越えてキーマンへ行くのではなく、その担当者を立てながら、仕事を一緒に前へ進める。
キーマンを探すのではなく、目の前の一人を、社内でのキーマンにしていく。
それが、私の営業だったのかもしれません。
もちろん、担当者一人だけに依存すればよいということではありません。
誰が決め、誰が実行し、誰が影響を受けるのかを理解することは必要です。
しかし、その関係を広げるときにも、最初に出会った担当者を飛び越えない。
その人を立て、その人と一緒に社内を動かしながら、一人とのご縁を会社全体とのご縁へ育てていく。
会社を攻略するのではなく、一人の人から関係を育てていく。
それが、弊社なりの直取引だったように思います。
お客様は、一枚岩ではありません。
だから難しい。
しかし、その違いを理解し、一つにつなぐことが、直取引を長く続けるための大切な仕事なのだと思います。
デジタジオ株式会社(ビジコン運営)代表
株式会社アーティストユニオン代表
経営者に寄り添うマーケター:マサオフィス